荏原ホームケアクリニック リウマチ・膠原病センターの古屋です。
前回「頸部の診方」についてお話させていただきましたが、今回は「胸部の触診」についてお話しようと思います。胸部の触診は主に心臓の状態を評価するために行うものです。個人的には、手技も評価方法も心臓の聴診と比較すると簡単なので必ず診るようにしています。今回胸部の触診の考え方について解剖学的、生理学的な情報を踏まえて考えてみようと思います。
胸部の解剖 縦隔と心臓の位置
まず心臓と周囲の解剖について確認です。胸部の触診の意義は色々言われておりますが、個人的には「心臓の状態をイメージする」ことにあると思うので、解剖学的な心臓の位置や構造を知ることが重要です。
心臓は縦隔という左右の胸膜腔を隔てる中央部の幅広い領域に位置しており、さらには縦隔の中でも中縦隔に位置しています。(図1) 中縦隔は図1の水色の部分になりますが、図のように胸骨角をメルクマールにして、胸骨角と第4,5胸椎椎間板を通る横断面より上を上縦隔とし、ここには大血管が位置しています。また横断面より下を下縦隔とし、ここに心臓が位置しています。下縦隔はさらに前縦隔(心臓の前)、中縦隔、後縦隔(心臓の後ろ)に分けられ、心臓は中縦隔にあります。つまりは胸骨角より上の触診は大血管の触診(胸部大動脈瘤などで異常を触知することがあります)、下が心臓の触診という事になります。
心臓の位置は、体の正面から見たときに図2のようになります。心臓の輪郭は体表の指標により知ることができます。
- 心臓の上限の高さ
胸骨右側:第3肋軟骨
胸骨左側:第2肋間隙 - 心臓の右縁
右第3-6肋軟骨の範囲 - 心臓の左縁
第2肋間から外側下方に向かい、第5肋間鎖骨中線上近く(心尖部)
心臓は正面から見ると図3のようになっており、前面の大部分は右心室からなります。
また心臓の右側の境界は右心房、左側は左心室の一部と心尖部に該当しています。
この位置的なイメージを持ち、さらに右室、左室のコンプライアンスの違いを考えながら触診することが重要です。
心尖拍動の診察
心尖拍動は最も左外側で触知する心臓の拍動であり、一般的には左室心尖部の収縮を反映していると言われます。心尖拍動の診察により左室拡大、左室肥大の有無などが分かります。
<視診>
まず視診を行います。やせ型であれば心尖拍動が観察できることがありますが、確認できないことも多いと思います。見えればラッキーですね。一応、胸壁に対して接線方向からライトを当てると確認しやすくなります。
<触診>
次に触診を行います。まず体位に関してですが、色々なやり方が教科書には書かれていますが、私は仰臥位と左側臥位で触診するようにしています。仰臥位では前胸部全体の拍動を把握し、左側臥位では心尖拍動の直径を確認します。触診するタイミングに関しては、平静呼気もしくは強制呼出後に触診します。呼気時に胸郭が下がり、最も心臓に近づくため触診しやすくなることがその理由です。
心尖拍動の性状に関して、正常では触知する時間が非常に短くtappingと形容される触れ方をします。「ピタッとあたり、すぐ引っ込む感じ」です。「べたりと長くあたる」場合は下記に記載の通り異常です。このtappingを触知するために指先を使って触診します。私は普段、まず胸壁に手掌全体を当てるようにして心尖拍動の大まかな位置を確認した後に第2-3指を用いて詳細な所見を確認するようにしています。
次に第2-3指の触れ方についてです。肋間に指腹を入れるようにして触診する必要があるので、肋間を意識して左図のように触診するようにします。その際確認することは下の通りです。
① 心尖拍動の最強点の位置
② 心尖拍動の触知する大きさ
心尖拍動の正常の位置は、上の図2の通りで観察する体位にもよりますが鎖骨中線上、第5肋間のあたりになります。ただし、これは仰臥位の場合であり、左側臥位の場合は外側に1-2cm程度変位することに注意です。
ちなみに小児や若年成人の場合は拍動の触知はされることも多いのですが、40歳以降の場合は仰臥位で触知する可能性は低くなります。(20-30%程度)左側臥位では半分くらいという印象です。自分の心尖拍動も仰臥位では触知できませんが、左側臥位では触知できました。
ここで、心尖拍動は本当に心臓の心尖部に相当するのかという疑問がありますが、そうではないようです。解剖学的に心尖部は少し奥まったところにあり、胸壁には接していません。実際は触知される心尖部はレントゲンで同定される心尖部の上内側に位置しています。(心音不思議探検 著 坂本二哉先生)ただし、心尖拍動の最強点を用いて様々なエビデンスが存在しており、解剖学的な背景を知りつつであれば心尖部の拍動=心尖拍動という考え方で診察をすすめて良いような気がします。
心尖拍動の異常
1) 心尖拍動から心拡大・心肥大を診る!
心尖拍動の最強点をPMI(point of maximal impulse)といい、その正常な位置は上記の通りです。PMIが仰臥位で鎖骨中線を超えて外側で認められる場合は、左室拡大が存在しています。さらには心機能の低下(EF低下)の可能性もあり、まさに心不全の所見と言えます。
また心尖拍動を触知する範囲に関して、まず患者さんの体位を左半側臥位にします。患者さんを臥位にして背中の下に自分の膝を入れこむ形にすると診察しやすいです。拍動は正常であれば1肋間以上にわたり触知されることはありません。2肋間以上にわたり触知される場合は異常ととらえます。心尖拍動の直径が4cm以上の場合は左室拡張末期容積の増加と相関します(LR+4.7)。心尖拍動が外側で触知されるのと一緒に心不全の所見として使えます。また、3cm以上でも左室拡大の指標となるという文献もあります。(Ann Intern Med.1983;99:628-630.)在宅医療では異常の早期発見が重要であり、異常の判断の閾値は低い方が良いと思っています。ですので、私は3cm以上を使っています。ちなみに「触知される範囲が3cm以上」という事に関して、聴診器のベル型の直径が3cmになっているので、それを使うと判断が容易です。海外の教科書を見てみると、コインを指標にしていることが多いようですが、実際診察の途中に硬貨を出して体に当ててみるっていうのは多少面倒ですね。。私はいつもベル型を使っています。ちなみにダイアフラムは4cmくらいです。
ここまで心尖拍動の最強点の位置と触知する範囲について考えてきました。ここでは、さらに触知する持続時間についても触れておきます。正常の心尖拍動の触れ方は非常に短く瞬間的であり「tapping」であるとお話しました。この拍動の持続時間が収縮期全体にわたり長く触知される場合、抬起性心尖拍動(たいきせいしんせんはくどう)と言います。これは左室肥大の際に認められます。表現するとすれば心尖拍動が「べたりと長くあたる」ような感じですね。
抬起性心尖拍動が認められる病態として高血圧、肥大型心筋症、大動脈弁狭窄症などによる求心性心肥大があります。この心肥大の場合には左室は拡大しないため、拍動の位置の外側偏位は目立たないことが多いです。また、左室肥大では左室のコンプライアンスが低下しているため、左房が拡張末期に勢い良く収縮することにより、左室が急激に拡大します。この急激な血液の流入による左室壁の伸展を心房収縮波(A波)として触れることがあります。これにより抬起性心尖拍動+心房収縮波として心尖拍動は二峰性になります。(図4)心房収縮波はⅣ音と同様の現象を見ており、Ⅳ音を触れていると考えます。
2) 心窩部に触知した場合は呼吸状態の急激な悪化と酸素投与に注意
PMIが心窩部に触知された場合、慢性閉塞性肺疾患、特に肺気腫を考えます。肺気腫は肺が過膨張する疾患であり、過膨張した肺に挟まれると心臓は滴状心となります。(図5)それにより心尖拍動を心窩部に触知するようになります。慢性閉塞性肺疾患に対する剣状突起下の心尖拍動の触知はLR+7.4とされています。
ここで少し肺気腫について補足しておきます。
肺気腫はご存じの通り喫煙により肺胞構造が破壊され、肺が過膨張を来し、そのあおりを受けて気管支が閉塞ないし狭窄する疾患です。喫煙に関しては、20pack-years(1日に吸うタバコの箱数×喫煙年数)以上がリスクと言われており、40pack-years以上の場合はまず間違いなく肺気腫があると考え診療に当たります。身体所見については、肺気腫を疑う所見として様々なものが言われています。(表2)しかし、肺気腫を身体診察で診断するのは正直不可能です。重症の肺気腫であれば可能かもしれませんが、軽症から中等症の肺気腫は身体所見で判断するのは、よほどの診察の達人でなければ厳しいと思います。さらに、表にも示していますが、肺気腫において感度が高い所見というものはないので、「なくて当たり前、あればラッキー」という考え方で診察します。
*最大喉頭高度とは呼気終末での甲状軟骨頂部から胸骨上切痕までの距離の事です。正常であれば3-4横指ですが、肺気腫の場合は肺の過膨張により気管が下方へ牽引されるのと、胸骨と鎖骨の位置が上方にあるため見かけ上短くなり1-2横指となります。(short tracheaとも言います)
私は普段、「最大喉頭高度≦4cm」、「剣状突起下の心尖拍動」、「胸骨下部左縁で心濁音界の消失」を肺気腫の(が疑われる)患者さんでは必ず確認するようにしています。陽性尤度比の高い所見という事もありますが、経験的にこれらの所見はある程度進行した肺気腫の患者さんで認められることが多い所見で、これがあった場合、特にCO2ナルコーシスのリスクが高いと考えているからです。訪問診療では血液ガス分析もなかなかできないため、所見である程度のリスクの評価をしています。
右室拍動から肺高血圧症を見抜く!
少し胸壁の拍動から話がずれてしまいましたので戻します。次は右室拍動についてです。
前回お話しましたが、一般的に静脈系の血管は動脈と比較して伸展性が8倍程度高く静脈のコンプライアンスは動脈の約24倍(8×3)となります。この24倍のコンプライアンスがあるおかげで体循環が簡単には破綻しないようになっているわけでした。また、右室に関していえば、右室は伸展性が高く容量負荷には強くできています。静脈系には全身の血液の60%が分布することを考えると、静脈還流が増加したときにある程度の容量負荷に耐えられなければならないので理解しやすいです。一方で壁が薄いので圧負荷にはめっぽう弱くできています。例えば肺血栓塞栓症を発症した場合、急激に上昇した肺動脈圧に対応できず、右室は十分な拍出を行うことができなくなります。その結果、血圧低下やショックの状態となります。右室と左室は心膜と心室中隔を共有するため左室の肥大が右室の血行動態に影響する事をベルンハイム効果と言いました。そして、それは逆もまたしかりです。右室の拡大時や右室への圧負荷時に中隔の左室偏位や心外膜による圧迫が強まり左室の形態が変化、十分な拍出を保てなくなります。一方で肺血栓塞栓症のように急激に後負荷が上昇せず、徐々に後負荷が増えていくような場合は少し病態が異なります。肺高血圧症がその代表格ですが、徐々に後負荷が上昇した場合、初期は右室が肥大することによって代償するものの、次第に収縮力が低下、それを補うために右室拡張末期容積を大きくすることで (右室を拡大させて) 収縮力を保とうとします。
前置きが長くなりましたが、この拡大した右室を体表面から触れることができます。これを右室拍動(傍胸骨拍動)と言います。解剖学的に心臓の前面(前胸壁に接する部分)は大部分が右室であるとお話しましたが(図7)、正常では右室は胸壁と一部しか触れておらず、その拍動は胸壁上で触知されることはありません。しかし、上記の病態のように右室が拡大すると、胸壁と接する部分が上方に拡大し、接する面積が大きくなるので触れるようになってきます。傍胸骨左縁下方の拍動(右室拍動)を触知できる場合は最大右室圧50mmHg(LR+3.6)と言われています(正常では30mmHg以下)。ちなみに右室拍動は負荷のタイプにより(容量負荷と圧負荷)触れ方が異なると言われていて、本当に身体診察は奥が深いなあと思います。
<右室拍動の触診方法>
心尖拍動の触診は「点」でとらえるため指先を使って触診しましたが、右室拍動は「面」でとらえるため手掌を使って触診します。胸骨左縁に手掌の近位部を置き、手首を背屈します。呼気時に胸郭から押し上げられる感覚があれば右室拍動陽性と判断します。ここで、手首を背屈するのはなぜかというと、胸壁からの押し上げがあった場合視覚的に拍動が認識できる(拍動に合わせて手が動きます)ためです。
右室拍動を触知した場合は肺高血圧症の病態があると考えます。私は膠原病内科なので、抗核抗体陽性、Raynaud現象があるような患者さんでは必ず右室拍動を1度は確認するようにしています。触れたら循環器内科に相談ですね。
以上、心尖拍動と右室拍動についてお話しましたが、これらの所見は初めにもお伝えした通り、心臓の聴診と比較して手技も評価法も簡便でかつ、有益な情報が隠れています。しかし、ただ触診して所見のありなしで終わってしまっては、あまり意味がありません。「胸に手を当てて心臓の状態をイメージする」ことで患者さんの循環動態を推定し、他に得られた身体所見の臨床的な意味の裏付けをすることが重要です(JVP上昇、浮腫など)。
<今回のまとめ>
- 心尖拍動の触診を行う場合は臥位で位置を確認、左側臥位で大きさを確認。
- 呼気時に触れるようにする。
- 心尖拍動は「点」で触れるため指腹(第2-3指)で触診する。
- 鎖骨中線より外側で触れる・大きさ3cm以上で心不全
- 心窩部で拍動を触れたら肺気腫。
- 傍胸骨拍動(右室拍動)を触知したら肺高血圧症。右室拍動は「面」で触れるため手掌で。
今回は胸部の触診について考えてみました。患者さんの循環動態を把握する上で、視診や触診は重要であり、さらには聴診よりも評価が簡単です。得られる情報も多いので日々訓練をしながらマスターしていきたいですね。身体診察はやればやるほど奥が深いです。。
循環器Physical Examination講習会、来年こそは行きたいなあと思う今日この頃です。
次回は胸部の打診について考えてみようと思います。
<参考図書>
・ガイトン生理学 原著第13版
・トートラ人体の構造と機能 第4版
・グレイ解剖学 原著第4版
・マクギーのフィジカル診断学 原著第4版
・サパイラ 身体診察のアートとサイエンス 原著第4版
・循環器Physical Examination 診断力に差がつく身体診察!
・心疾患の視診・触診・聴診
・身体所見のメカニズム-A to Zハンドブック
・心音ふしぎ探検